踊るのが好き。
 指先にまで神経が通る。
 音が身体の中に響いて、視界はクリア。
 頭の中は別世界。
 没頭している自覚もないまま、夢中で、気持ちよくて、何百年と受け継がれてきた踊りに酔いしれるようにして、舞い続ける。
 ――そんな感覚を生まれたときから愛していたのに、もうずっと、味わっていない。




 夏休みの宿題をやっていたら、お世話になっている家の息子が話しかけてきた。身長がある割に優しい顔立ちをしている彼は、愛想良く微笑んでいる。
「今日はオレに付き合わないか」
「征十郎……部活あるんじゃないの?」
 二年生にしてバスケ部の一軍レギュラーを張っている赤司征十郎は、部活動がとても忙しいらしい。実際、夏休みに入ってが世話になり始めてから一週間ほど経つが、赤司は毎日出かけている。
「今日、部活はない」
「じゃあ、なんでジャージ? バスケしに行くんじゃないの?」
 着ているものは帝光中のものではないというだけで、Tシャツとジャージだ。バスケ漬けの彼がこの炎天下でテニスなどほかのスポーツをする姿は思い浮かばず、家にいる時点でジャージ姿なのだ。プールに行くとも思えない。
「今日はレギュラーだけでストバス」
「ストバス?」
「ストリートバスケ。前に連れて行ったことあるだろ?」
 そりゃあ、覚えてはいるが、行きたいとは思わない。赤司の友達ばかりが来るところならなおさら、バスケをしに行くのならなおさら。自分は何をしていろというのか。
「日傘は持てよ。待ち合わせまでもうあんまり時間がないんだ」
 言外に早くしろと急かしていて、は眉をひそめた。行くなんて一言も言っていないのだが、そう返していいものか。すると赤司は、まるでの心の葛藤などお見通しとばかりに笑んで言った。
「約束、したろ?」
「……」
 どういう約束だったかしら、と訊き返せばまた話が長くなるような気がして、は諦めてシャーペンを机に置いた。
 そもそも自分がこの家に夏休みの間厄介になることになったのは、赤司征十郎の提案が発端だ。自身はそれほど乗り気ではなかったが、の親を言いくるめるほどには、赤司にとってやる価値アリと判断できた作戦らしい。
「征十郎はいきなりすぎる」
「ごめん。次はもっと早くに言う」
 殊勝に謝りながらも、効果的と思えば平気な顔で同じことを三度でも四度でもするのだろう、と、は腹を立てる気も起きずにただ思った。





名 残 は 薔 薇 の 匂 で





とんでもなく尻切れ( ̄▽ ̄)
 赤司さまはいいところの坊ちゃんで、おっきな家に住んでる。ヒロインは日本舞踊をずーっとやってて、才能もあるけどスランプ中。という設定。
12.8.2.

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