何も見えなかった。
何も感じなかった。
・・・違う。
何も見たくなかった。
何も感じたくなかった。
「っロイドの、ばか・・・」
小さく口にした言葉は誰に聞かれることもなく闇に溶ける。
いたい、いたい、いたい。心が壊れそう、だった。
その原因は、数分前のロイドの行動にあった。見知らぬ女の人と、濃厚な口づけを交わしていた姿。ロイドは、そういった男女の関係には興味がないと思っていた。ランスロットと研究以外に眼を向けなかった普段の彼からは想像もつかなかった姿に、私は愕然とした。
それに・・・ロイドは、私を選んでくれたのだと思っていたのに。
私を抱き締めた腕が、私に口づけた唇が、見知らぬ女の方へと向けられている。私はありとあらゆるものを振り切って彼を選んだのに、どうして。
勢いで特派を飛び出してきたものの誰も迎えになんて来てはくれなくて。
人気の無いゲットーを、ひとりで歩く。流石にこんな時間にゲットーを歩くような人は居ないらしい。ゲットーは不気味に静まり返っていた。
「っ!?」
人の気配を感じて振り返る。
ちょうど建物の影となって、その人の姿は良く見えなかった。
でも・・・ロイドじゃないのは、確か。
「誰・・・」
「」
低い艶のある低音で淡々と呼ばれた名前。何処か懐かしい響きを持つその音に、過去の記憶が疼いた。
「る、る・・・?」
「あぁ、俺だよ」
震える声で、記憶にあるその人の名を呼ぶ。
ようやく見えたその人の顔は、私の記憶にある彼と変わりはなく。私の強引に腕を引く、その仕草もまた私に過去を思い出させた。少しだけ冷たい彼の、ルルの腕に抱かれて、少しだけ安心した。
「ルル、何で」
「こそ、こんな時間にゲットーを独りで歩くのは危険だろう」
「ルルには関係ない・・・」
意地悪な表情で訊いてくる彼は、以前と変わらないと思った。懐かしい感覚。このまま、彼に抱かれていたいと・・・そう、思った。彼でなくロイドを選んだのは、私なのに。ルルの優しさに甘えちゃ駄目だって、分かってるのに。
それでも。
私は、誰かにぬくもりを分けて欲しかった。
「ルル」
「何だ?」
「・・・・・・このまま、連れ去って」
小さく、小さく呟いた言葉。
ルルは苦笑した。
「言葉の意味、分かってるのか?」
「・・・・・・うん」
「いいだろう」
少し乱暴に重ねられた唇。普段より更に色気を増したルルの表情。
「ん、んんっ・・・ふ・・・・・・」
銀の糸を引いて離れた唇。激しいキスで力が抜けた私の身体。
「続きは、俺の部屋で・・・いいか?」
ルルの声に頷けば、ふわりと浮く身体。全てのことから目を背けるようにルルの首に腕を回し、首筋に顔を埋めた。
ぬくもりを分けてくれるのは
誰ですか
(あいしてくれるなら、もう、だれでもいいの)
「Romance」様へ提出。
水瀬海未架