ガタガタと列車が揺れる。
 向かい側に座っている、黒衣に包まれた長い脚を、は苦い思いで見つめていた。 
 嚮団の人間は嫌いだ。だから、嚮団の回し者であるジュリアス・キングスレイのことは、同じ空気を吸うのも遠慮したいくらい嫌いだ。
 一緒に食事をするのすら嫌で、列車に乗ってからまる二日、徹底的に彼のことを避けてきたのに、今はそれほど広くない個室にたった二人きりで押し込められている。
「ここに居て」
 スザクは突然、別室にいたをこの部屋に引っ張ってきた。
 スザクは仕事に支障をきたしそうになるとすぐさまの意思など無視する。
 ジュリアスとは仲良くしないように言ったくせに、同じ部屋に放り込んでいくなんて、いくら護衛の手が足りていないとはいえ腹が立つ。E.U.までとジュリアスを“安全に”連れて行かなければならないのなら、の精神状態も思いやって欲しいものだ。
 放り込まれてすぐは動揺して落ち着かなかっただが、もう一時間くらい経つ。何も話しかけてこない相手に自分から口を開く気にもなれず黙り込んでいるうちに、段々と慣れてきた。
 顔を直視していないせいか、そこに居るのが嫌な嚮団の人間だということを忘れられそうだった。
 ふと、見つめていた脚が動く。もったいぶったような動きでゆっくりと組まれていく脚を見つめ、足の組み方にまで性格は出るものなのかとなんとなく思った。
「そんなに俺の脚が気に入ったのか?」
 笑いながら、ジュリアスがはじめて口を開く。声音が思ったより優しかったので、はあまり真正面からは見ないよう、少しだけ目線をあげてジュリアスを見た。
「ほかに見るところがなかったんだもの」
「俺の顔は鑑賞に値しないと?」
「……あなたの目が安全だという保証があるなら」
「誰彼構わずにかけるわけじゃない。あなたに何かする理由もない」
 がジュリアスの右目を見ると、アメジストの目は少し嬉しそうにの目を見返した。
 しばらくジュリアスの目を眺める。危険な行為だ。覆い隠している左目だけにギアスを宿しているとは限らないのだから。――でもなぜか、彼の視線は心地よくて、目線を合わせているのが苦ではなかった。
 アメジスト色の瞳の持ち主は何人も知っているが、その誰とも違う色だった。ルルーシュとも、ユーフェミアとも、コーネリアとも、シュナイゼルとも違う。記憶の中の誰とも重ならないのに、どうしてか懐かしいような、近しいものに感じて、長いことただ見つめていた。
「……ナイトオブセブンは、ずいぶん苛烈な目で俺を見るが」
 ジュリアスは一度目を伏せて、と視線を外すと、組んでいた脚をほどいた。
 腰を上げたかと思うと、するりと流麗にへと身体を寄せてきた。プライドの高いこの男が床に膝をついたことが、には意外だった。
 膝においたの手を握り、ジュリアスは下からの顔を覗き込んでくる。
「あなたはずいぶん、優しい目で俺を見る」
 かすかに笑っているが、愛想笑いなのだと感じた。薄っぺらい。
 胸の奥が冷える。いくら顔が整っていても、こんな実(じつ)のない微笑にはなんの価値もない。
「……スザクは、あなたが大嫌いな人に似ていると言ってたわ」
「へえ?」
「わたしは全然似ていないと思う。その人は、わたしの大事な人で……あなたは全然、似ていない、けど」
 ジュリアスは、もう笑ってはいなかった。まっすぐにを見上げてくる目から、顔をそらせない。
 ジュリアスの、顔も、目も、声も、笑い方も、何もかもルルーシュには似ていない。何一つ。スザクが何を持って似ていると毒づいたのかわからないほどに、彼らは似ていない。
 なのに、目をそらせない。
「あなたのその大事な人とやらに似ていない俺を、どうしてそんな目で見る?」
「似てないわ。ただ……」
 言葉を失くす。ただ――なんだろう。
 何一つ似ていない。
 大切な人、ルルーシュ。
 目の前にいるのは嚮団の人間、ジュリアス・キングスレイ。
 敵だ。どこも似ていない。ジュリアスの目に敵意はなくとも、は、嚮団の人間に好意は持てそうにもない。
「俺も、あなたにはどうも毒気を抜かれる。あなたが嚮団にとって大切な女性だからなのか……あなたが、そんな目で俺を見るからなのか」
 ジュリアスの手が、の手を優しく握る。
 不思議と嫌悪感はわかなかった。あたたかくて、優しい。振りほどく気になれない。
 自分は、彼の言うとおり、優しい目で彼を見ていたのか?
 敵なのに?
 三日前に会ったばかりの、見知らぬ他人なのに?
「本当は、俺とその大事な人は似ているんじゃないのか?」
「違うわ。ぜんぜん、違う」
 長いこと大切に思い続けてきた相手と、目の前にいる嚮団の回し者はまったく違う存在だと口では即座に否定したが、内心ではのほうこそ戸惑っていた。
 そうだ、彼らは何一つとして似てはいない。
 なのに、どうして、こんなに懐かしいような、近しいような気持ちになる。
「何をしている!?」
 スザクの怒声が急に飛び込んできて、目の前のジュリアスの顔がうるさげに歪む。
 スザクはジュリアスの肩を乱暴に掴んで立たせると、彼が元々座っていた場所へと突き飛ばした。
に何をした」
「何もしていない。話をしていたら泣き出したから、心配しただけだ」
 ため息混じりのジュリアスの説明を聞いて、は自分の目元に手をやり、はじめて涙が溢れていることに気づいた。
「おまえが何かしたんだろう」
 スザクが低い声でうなる。何もしていない、とジュリアスは繰り返したが、スザクが納得していないことは明らかだった。
 胸が痛い、スザクのこんな声、一年前は滅多に聞かなかった。この半年あまりで激増した。
 ルルーシュとが裏切ってから、非難の声を、負の感情を、スザクは以前ほど隠さなくなった。無理に隠さなくていい、とかつてスザクに望んだことがある。醜い感情をわざと押し殺すスザクのことを、偽善者だと罵倒したこともある。
 その自分がいま、スザクに一番非難されている。
 スザクのことも大事に思っている。婚約者にと望まれて、全然嬉しくなかったわけではない。でも、スザクとルルーシュは違う。別の大切さだ。

 スザクもまた、床に膝をついて、の顔を覗き込んできた。裏表なく心配そうな顔をして、の涙を拭おうとする。
「大丈夫? ごめん……こんなことになるなんて」
 悔しそうに吐き出すスザクの後ろから、だから俺は何もしていない、と不機嫌そうにジュリアスが抗議するが、スザクは無視していた。
 嗚咽はこぼれなかったが涙はとまらず、は顔を覆った。





持 た な い 筈 の 痛 覚 を 生 み 出 す の は な に
( 嬉しい寂しい痛い悲しい そんな筈はないのにどうしていま )






そんな思いが浮かび上がってくるのか。


 金猫は嚮団のギアスのせいで、ジュリアスとルルーシュは見た目から何からぜんぶ別人!全然違う人!と思っています。
 本能的にルルーシュに惹かれるんだけど、傍にいてくれるスザクに心を許しているところもあり。 或いは嚮団のギアスでスザクのことを本心以上に好きと思い込んでるとかでもアキト編はオイシイ。
2014.1.26.

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