亡国のアキトを舞台にしています。
ヒロインは金猫と、+α、かもしれません。
R1.5軸にあたります。
とりあえずブリタニア側からスタートし、このお話を下地にあとは好き勝手書こうかと思っています。
なので、のちのちアキトやシンとも映画沿い?パラレル・捏造短編?で絡む予定です。
ジュリアスに燃え滾りすぎたので、見切り発車!!!!!
皇暦2017年12月――エリア11、旧日本国内全土で起きた大決起事件ブラックリベリオンは、首謀者ゼロの失踪とエリア全域の地力不足によって、規模の大きさの割には速やかに幕を閉じた。
日を追うごとに各レジスタンス組織の幹部クラスが捕まっており、エリア11最大規模の組織“黒の騎士団”の幹部も例外ではなかったが、神聖ブリタニア帝国帝都ペンドラゴンにいる枢木スザクは、エリア11で誰が捕まろうとあまり興味がなかった。
ブラックリベリオンでもっとも功績を立てたとはやされるスザクがなぜ、祖国でもあるエリア11の現状にさっぱり関心を向けないのか。
主君を喪ったから、祖国を遠く離れたから、ナンバーズでありながら円卓の騎士に加えられるほどの出世を果たしたから――さまざまな理由が憶測されたが、そのどれもが正しく、また、厳密には正確ではない。
最大の理由は、誰も知らない。
行方不明扱いになっているブラックリベリオンの首謀者にして、スザクの主君であったユーフェミア皇女殺しの犯人であるゼロの所在を、スザクは知っている。他ならぬスザクが彼を捕まえ、皇帝に突き出した。ゼロはいま、人知れず囚われの身となり、ブリタニア国内のどこかにいるはずだ。
怒りと憎しみで破裂しそうな感情のほとんどが騒乱の起きた地ではなく、元凶そのものに向いているから、エリア11のことは気にする余裕がない、というのが、正確なところだった。
それに、このひと月以上、スザクの心配ごとは祖国の荒れ具合ではなく、もちろん皇帝に引き渡したルルーシュの生死などでもなく、の安否一つだった。
皇帝陛下に求められ、引き渡して以来、 ・の行方は杳として知れなくなっていた。
最初の頃は彼女も罰を受けているのだろうと落ち着いて構えていたスザクだったが、シュナイゼルですら何も把握していないらしいとロイドから聞いて、さすがに焦った。
結局、別れてから一月と経たないうちに不安に駆られ、方々を探し回った。過去にアヴァロンから二度ほど突然姿を消しただから、もしやブリタニアからいなくなったのではないかと思ったのである。
だが間違いなく知ってるはずの皇帝に、ずうずうしいながらもそれとなく尋ねてみても、ブリタニア皇帝付き首席秘書官、兼、特務総監であるベアトリス・ファランクス公爵に尋ねてみても、他の誰に尋ねてみても、が今どこにいてどうしているのかは、全く分からなかった。もはや生きているのか死んでいるのかすら、スザクには掴めなかった。
活路を見出そうともがいていたスザクに、光明を与えてくれたのはシュナイゼルだった。ラウンズとして手柄を立てて、皇帝に褒美としてをねだればいい、と。
ああそうか、そうすればいいのか、と戦功を求めて必死に戦場を駆けずり回り始め、少し経った頃のことだった――彼と、会ったのは。
「おまえがナイトオブセブンか」
皇帝に呼ばれてきたのに肝心の主はおらず、代わりにいたのは黒髪の、同い年の男。
小馬鹿にしたように唇の端を吊り上げて笑っている男の顔を正面から見たとき、スザクは目を見開いて思考停止した。
左目を覆い隠す黒の眼帯と長い前髪のせいで顔ははっきり見えないのだが、まさか自分が、彼の顔と声を間違えるはずがない。
驚愕しているスザクを眺めて、彼は「ふん」と鼻を鳴らした。左目の眼帯に指をかけて、笑う。
「コレは気にするな。それより、おまえがナイトオブセブン、枢木スザクだろう?」
まるで初対面の相手にする態度に、スザクはだいぶ困惑したが、徐々に慣れていった。
そうして、皇帝の命令だと彼――ルルーシュではなく、ジュリアス・キングスレイと名乗った――は言い、ともにエリア15の反乱調停に向かったのだった。
スザクと同じ、ラウンズの紋章が描かれた黒のインナーを着ているが、あくまで騎士としての清廉さをアピールして白の騎士服を着用しているラウンズと違い、彼は黒づくめだった。
見た目はどう見てもスザクのよく知るルルーシュで、ゼロと同じような黒づくめなのに、彼はブリタニア皇帝の下僕、しかも大層皮肉なことに皇帝に忠実であり、ブリタニア帝国にとって有益な人間であった。
今はすべてを忘れ、優秀な軍師を自称する彼、ジュリアスは、確かに戦場では非凡な才能を発揮した。はじめて彼の実力を目の当たりにしたような気分で、スザクは彼にかすかに感嘆の気持ちも抱いたが、大部分はさらに膨らんだ怒りと憎しみだった。悪知恵の働くこの男は、一年近くも狡猾なやり口でスザクややナナリーを騙してきたのだ。
エリア15の調停が終わり、本国に帰還すると、ジュリアスはさっさとスザクの前から消えた。
そのまま二ヶ月、姿を見なかった。
と一緒にいるのではないかと疑った時期もあったが、スザクがと再会して、と暮らし始めた後になっても、はルルーシュの居場所や境遇を一切知らないようだったし、ジュリアスも姿を現さなかった。
精神的に不安定になっているを独り占めにしていると、ルルーシュのことは許せなくても、毎日は思い出さなくなった。
どうせまたジュリアス・キングスレイとして皇帝にいいように使われているのだろうと半ば人事のように突き放して考えていたときだった。再びジュリアスが、スザクの目の前に現れたのは――。
「久しぶりだな、ナイトオブセブン」
人の少ない廊下で、突然柱の影から出てきた男は、二ヶ月前となにも変わっていなかった。ギアスの宿る目を覆った黒の眼帯、彼が憎んでいるはずの男を守る者だけに与えられる紋章を身にまとい、彼は笑っていた。
「今度のゲーム盤はユーロピア共和国連合だそうだ」
あいも変わらずブリタニア帝国の軍師として嬉々として働いているらしい彼を見て、スザクはざまぁみろと哂うよりも、偉そうに笑う秀麗なその顔を殴りたくてしようがなくなった。
他人の尊厳をギアスで散々踏みにじってきたルルーシュだ。同じことを自分がされるのは因果応報だと哂ってやりたかったが、そんなに何もかもを綺麗に忘れて得意げに笑われると、ふつふつと怒りが煮えたぎってくる。踏みにじられたユーフェミアは、は、スザクは、どうなるのだ、と。
「ミケーレ・マンフレディが死んだ話を聞いたか」
ジュリアスは柱に背を預け、世間話と呼ぶには物騒な話を向けてくる。スザクはルルーシュと話していることに苛立ちを抑えきれず、眉をひそめて答えた。
「……ああ、聖ミカエル騎士団の団長だろう」
ブリタニア帝国ヨーロッパ侵攻軍、ユーロ・ブリタニアには、四大騎士団が存在する。
オーガスタ・ヘンリ・ハイランド、通称ヴェランス大公を宗主に掲げ、聖ウリエル騎士団、聖ガブリエル騎士団、聖ミカエル騎士団、聖ラファエル騎士団の四つが、軍組織としてE.Uと戦っていた。
「戦死という話だが……」
ジュリアスはそこで意味深長に言葉を切って、怪しげににやりと笑った。楽しそうな目は如実に裏話が存在することを語っていたが、唇はそれ以上動かない。
「どういう意味だ」
「さあな。内部調査は俺の仕事じゃない。陛下は城を陥落せよと仰せだ」
誇示するように眼帯の上の前髪を払って、ジュリアスは身体を起こすと、傲然と告げた。
「明朝五時に、ここに来い。そのままE.U.に向かう」
「……」
なぜ俺がおまえの言うことを聞かないといけないんだ、と言い返してやりたい気持ちでいっぱいだったが、ジュリアスはスザクの返事など待たず、さっさと身を翻して柱の影に身を溶かしながらいずこかへ消えてしまった。
反射的に呼び止めようと発した「ル」の一音がこれ以上ないほど憎たらしい。ああ、なんて腹の立つ男だろう。どうしたって彼はスザクを苛立たせるのだ。
お前は一流の悪夢になれる
2013.9.26.
2013.10.24.追加
屋敷に帰り着いた頃にはすっかり暗くなっていた。執事に聞けば、は今日一日部屋から出ていないと言う。
こんなことは久しぶりだと部屋を訪れ、何度かノックをしてみたが、中からの返事はない。昼夜の逆転はだいぶ改善されたはずだし、まだ夕飯前だ、起きているのが普通だろうに。
「?」
部屋のドアを開けると、は軽くのけぞり気味のぐったりした様子で深くソファに沈み込んでいた。暗い部屋の中、かたわらに床を這うほど長い金髪の少年がいなければ、あるいは眠っていると思ったかもしれないが――不吉な組み合わせに、一瞬で緊張が走る。
「なぜ、きみがここに」
「久しぶりだね、枢木スザク」
ユーフェミアが死んだ日、アヴァロンの中に突如現れて、ゼロの正体について言及していった彼。あれ以来、姿を見なかったのに。
「きみにも話をしておこうと思ってさ」
悪びれもせずV.V.は無視して、スザクに向かって手招きした。しかしスザクが動かないのを見ると、手をおろして、ほんのわずか、まゆも下げて、苦笑いした。
「そんなに怖い顔をしないでよ。はただ眠ってるだけだよ」
「そういう風には見えない」
「ちょっと疲れてるんだよ。ねえ、ドアを閉めて。誰かに見られると面倒くさいんじゃないかな、お互いに」
言われたとおり後ろ手にドアを閉めながらもますます目を険しくするスザクに、V.V.はさじを投げたように肩をすくめると、勝手に話を進めた。
「にやって欲しいことがあるから、君たちと一緒にE.U.に行かせるよ」
「“君たち”って……」
「今日予告しに行ったはずだよ、ジュリアス・キングスレイがね。彼を含めた三人で、E.U.に行って欲しいんだ。君に話というのは、の邪魔をしないでってこと」
あどけない声ながらも流暢なV.V.の説明に、スザクは勢い良く反発した。
「いっしょに行かせるって、つまり、ルルーシュとをいっしょに?」
「わかってるよ、それはまずい」
うるさそうに顔をしかめて、V.V.はがぐったり座っているソファの肘掛に腰を下ろした。
「だから、にはジュリアスがイコール、ルルーシュだと認識できないようギアスをかけたんだ。ギアスを解かない限り、ルルーシュの顔をどれだけ見たって同一人物だとは絶対に思わないよ。ルルーシュの方もそう。自分は“ジュリアス・キングスレイ”だと思っているから、を見たって何も思い出さない」
「保証は?」
「証拠に、スザク、きみを見たってルルーシュは何も思い出さなかったでしょ?」
勝ち誇ったようにほほえむV.V.に、スザクは歯ぎしりした。
確かにルルーシュは――ジュリアス・キングスレイは、おまえがナイトオブセブンか、とスザクを見て笑った。それだけだった。
友達を売るのかと罵った、自分こそ裏切り者だった男は、憎しみなどどこかに置き忘れてきた目でスザクを見ていた。
ルルーシュはギアスに負けたのだ。
それでも――ルルーシュとならもしかして、という一抹の不安がある。本当に二人を会わせてしまってよいのだろうか。
「大丈夫だよ」
声に顔を上げると、V.V.はの髪を小さな手でもてあそびながら笑っていた。見抜いているのだ、スザクの不安を。不快に思って睨みつけると、V.V.は低く笑って、大丈夫、と繰り返し、目を細めてうっとりとした。
「君は知らないだろうけど、そんなに心配しなくても、ギアスには誰も勝てない。ならあるいは有り得るけど……それならそれで、願ったり叶ったりなんだ」
「僕は嫌だ」
がルルーシュを思い出して、彼の名前を何度も何度も呼んで傍に寄っていくのは見たくない。許せない、と言っても過言ではない。
と暮らし始めて数週間、ずっとそれを避けてきたのに、なぜ自分から危険に近づけなければならないのか。E.U.には僕だけで行く、とスザクは固い声で言ったが、V.V.は意に介さなかった。
「もう決まったことだよ。きみにとっても悪い話じゃない。だからきみも、協力はしないまでも、邪魔はしないでね、枢木スザク」
じゃあおやすみ、とV.V.は告げ、スザクの背後のドアを指差した。
ちらりと肩ごしに後ろを振り返ったその刹那、視線をもとに戻した時には、V.V.は居なくなっていた。
「V.V.」
呼びかけても、何の返事もない。
スザクは前髪をくしゃくしゃになるほど強く掴むと、後ろのドアに寄りかかった。
悪い夢を見ていたのか、それともV.V.が指差したあの瞬間にタチの悪いギアスにかかったのか。人が一人、部屋から忽然といなくなるなんて、常識では考えられない。けれどV.V.だけではない、その“異常”はも二度ほど体現していた。
どっと疲弊が押し寄せてきて、スザクはしばらくドアに寄りかかって目をつむっていた。
ジュリアスの、ルルーシュの、高慢な笑みを思い出す。
ルルーシュは根本的に猫かぶりだから、学校では優等生ぶった優しげな顔をみんなには見せていたけれど、悪巧みするときの楽しそうな笑みもまたルルーシュの一面だと、スザクは昔から知っていた。
だけども、高笑いながら平気で人を踏みにじることができるような人間だったなんて、知らなかった。信じられなかったし、そうであって欲しくはなかった。
神根島で相対してゼロの正体を見る瞬間まで、違っていて欲しいと願っていた。すでに正体については諦め半分ではあったけれど、違っていて欲しいと、ずっと思っていた。本当に、本当に、信じたくなかった。あの日、神根島でルルーシュに言った言葉は本心だった。
(信じたくは、なかったよ……)
スザクは頭に押し付けていた手を離して、ソファにぐったりと沈み込んでいるを見た。ぐったりして目覚めることのないの様子はスザク以上に疲弊しているように見えて、胸がいたんだ。
どうしてこうなったのか――疑問が、胸をよぎる。
も、スザクも、ユーフェミアも、一年前は、こんな風になっているだなんて想像もしていなかった。もっと平凡で、もっと幸せな日々があったのではないか。――行政特区日本があのまま成功していれば。ルルーシュが、裏切らなければ。
「……」
呼びかけて、ソファへと近づく。床にひざまずいて、眠っている彼女の手を取った。力のないその手を軽く握って、揺する。
「、起きて。夕飯の時間だよ、」
何度も呼びかけていると、やがてゆっくりとは目を開いた。スザクの手を軽く握り返して、つばを飲み込み、寝ぼけた声で返事をする。
「……スザク?」
「うん、ただいま。起きてご飯を食べないと、夜また眠れなくなるよ」
「わたし……」
は言葉を切ると、苦悩するように眉間にしわを寄せてぎゅっと目をつむった。
「……いつの間に、寝てたんだろ……もう夜なの?」
辛そうに目を開けて、部屋を見渡す。電気をつけていない部屋はすっかり暗くなっていた。そう、夜だよと答えて、スザクは立ち上がった。ぼんやりしているの頬を撫でて、できるだけ優しい声を意識した。
「着替えてくるから、いっしょにご飯を食べに行こう。それまでに目を覚ましててね」
「うん……」
は、V.V.にされたことをぜんぜん覚えていないように見えたが、確認する術はなかった。彼女にV.V.のことをあれこれ訊くのも、彼女と少年の関係性がわからない今はまだ、迂闊には話題にもできなかった。
着替えての部屋に行くと、部屋の明かりはつけられ、が一生懸命タンスの前で作業していた。広げたトランクに、着替えを詰め込んでいる。
「何してるの?」
「だって明日E.U.に発つでしょう? 夕方にやろうと思ってたのに、すっかり眠っちゃってて、なんの準備もしてないの」
は手を止めず、慌ただしく答えた。
スザクはせっせと荷造りするがこちらを見ないのをいいことに、音のないため息を盛大に吐きだした。
なるほどV.V.はギアスでそこまで“刷り込み”をかけていったらしい。V.V.は“なぜE.U.に行くのか”、に疑問を持たせることすらさせないつもりだ。
「ねえスザク、出発は何時?」
「……明日の朝、四時すぎにはここを出るよ」
「すごく早いのね」
は手を止めて、びっくりした顔をこちらに向ける。
ジュリアスを人目に触れさせないための待ち合わせ時刻だろう。理由は推測できたが、には教えなかった。
できればをE.U.には連れて行きたくない。だがこの様子では、スザクが何を言ったところでV.V.が施したギアスに負けるだろう。
はまた、せっせと荷物をまとめだした。
「じゃあやっぱり今夜のうちに準備しておかないと」
「……でも先にご飯食べよう。冷めるよ」
は荷物を詰め終わっていないトランクとスザクを見比べたあと、意外に素直に立ち上がってこちらへとやって来た。階下のリビングに向かいながら、の方から雑談を振ってくる。
「わたし、寝台列車って初めてなのよ。スザクは?」
「僕は乗ったことあるよ」
明日は寝台列車でE.U.に発つのか、とスザクはそのとき初めて知った。であれば、必然的に嫌でも数日間、ジュリアスとは限られた狭い空間で寝起きすることになる。
(避けられない……)
接触が不可避ならば、V.V.の言葉を信じて腹をくくるしかない。
だが、二人の“記憶”や“認識”が違うのだとしても、どれだけ不可避だとしても、二人が再会することをたやすくは受け入れられない。
スザクはルルーシュどころかジュリアスのことすら受け止めきれていないのだ。と彼を同席させるだなんて気が気ではない。
だというのには珍しくも浮かれ調子で、まるでこれからルルーシュに会えるのだとわかっているようにスザクには見えてしまうから、余計に不安になって落ち着かなかった。
その日の夜はスザクも自分の荷物をまとめるので終わった。
翌朝――四時前に起きて食事を済ませ、を起こした。がギリギリの時間まで起きないのはわかっていたので、作ってもらった軽食と二人分のトランクを車に積んで、眠たそうな顔以外はきっちり身支度を整えてきたを車に乗せ、屋敷を出発した。
ペンドラゴン宮殿に向かう道中、は車内の広いシートの上に横たわって気持ちよさそうに眠っていた。
人の気も知らず呑気だなと少し呆れたが、どうせなら汽車に乗るまでずっとそのまま眠っていて欲しいと思い直した。
寝台列車の割り振りは聞いていないが、三人で一部屋ということはないだろうから、ジュリアスとを隔離できるかもしれない。ジュリアスをこの車に乗せて駅まで向かわねばならないとしても、が汽車に乗り込むまで、あと一時間くらいは眠っていてくれれば――。
(……)
は、皇帝にルルーシュを突き出したスザクを許さない、と言った。
自分を皇帝から助けてくれてありがとう、とも――。
再会した頃こそ苛立ちも相まってはスザクに対して怒りを露呈することが多かったが、最近ではこの環境に慣れてきて、普通に話をすることも増えてきた。スザクがをロイドと再会させたことも大きかったのだろう。
昨夜のように機嫌が良さそうなときなどめったにないのだが、それでもエリア11にいた頃の二人の関係に少しだけ戻ってきていた。
(ルルーシュが何もかもダメにするんだ)
の心はあの頃も、今も、まっすぐだ。ルルーシュに陥れられ、殺されたユーフェミアの死を哀れみ、悲しむだけの優しさが、にはちゃんとある。そのルルーシュの行動はひどいものだと、間違っていると言える公平さがある。現実をありのまま見据える強さがある。
ただ、ルルーシュといると、同情心もあって彼に引きずられるのだ。は、優しいから。
ユーフェミアも同じだった。そうしてルルーシュに利用されて殺された。
だから、を二の舞にはしたくない――。
車がとまり、少し間を置いて外から車のドアが開かれた。運転手が身をかがめて顔をのぞかせる。
「宮殿に着きました」
「ああ……人を連れてくるから、を頼みます」
スザクは我に返り、腰を浮かせた。ラウンズのマントをさばいて降りようとしたら、変なふうにマントが引っかかったので振り返ると、がシートの上に起き上がって、スザクのマントを掴んでいた。そうして寝ぼけているのとは明らかに違う顔つきで、鋭く尋ねてくる。
「どこ行くの!?」
「ごめん、E.U.にはもう一人一緒に行くことになってるんだ。連れてくるから、は少しだけここで待っててくれる?」
「イヤッ!」
ヒステリックなものが混じる声音でが叫ぶ。驚くスザクに、は泣きそうな顔で続けた。
「ここ、ペンドラゴン宮殿でしょう! なんでこんな所に来るの! ここは嫌いだって知ってるでしょう?」
「、わかってるよ。君は降りなくていいんだ、ここにいて」
「こんな所においていく気!? だったらわたし帰る!」
絶対に嫌、と強い拒絶の言葉を吐き出しながら、はスザクのマントを自分の腕に巻きつけて引っ張る。
「……?」
うつむいたの頬におそるおそる手を添えると、はスザクの胸に頭突きするように勢い良く突っ込んできた。げほりと咳き込むスザクに謝りもせず、はつぶやく。
「宮殿は嫌……」
スザクはもう一度げほ、と咳をして、の頭を見下ろした。
(昨日のV.V.とのことは一切覚えていないみたいだったけど……)
自覚はできなくてもうっすら覚えているのか、何かを感じるのか――V.V.は『ギアスには誰も勝てない、ならあるいは有り得るけど』と言った。これがその片鱗であり、証拠なのか。
「……大丈夫だよ。僕が傍にいるから」
「嘘よ、置いていこうとしたくせに」
珍しく、の方からスザクの背中を掴んでくる。スザクはぎこちなくの背を撫でて、ほとほと困り果てた。
ジュリアスのことは忘れて屋敷に引き返す、あるいは二人でE.U.に向かう。そうできたら、どんなにいいだろう。
「……」
どうにかして宥めないと、とスザクが思い悩んでいたそのとき、ドン、という音と共に車が小さく揺れた。左腕でかばうようにを抱き、右手で咄嗟に脇の銃を抜いて、背後のドアの外へと銃口を向ける。
車を蹴ったのであろう相手は、乗り込もうと前かがみになった姿勢で不愉快そうに眉をひそめた。
「約束の刻限に遅れただけじゃ飽き足らず、この俺に銃を向けるのか?」
スザクは反射的に銃口を天井へと向け直したが、突然心臓に悪い顔を見たので、動揺は収まらなかった。
ジュリアスは皮肉げに鼻を鳴らし、車に乗り込んできてスザクの向かい側のシートにどさりを腰を下ろした。長い脚を組んでふんぞり返り、駅に迎え、と我が物顔で運転手に命じた後でスザクを見て、謝罪はないのか、とからかうように話しかけてきた。
「いま何時だと思っている? 加えて、俺から出向いてやれば、車内で女といちゃついているとはな」
アメジストの瞳が片方だけ愉快そうに笑っている。彼の嘲笑はゼロそのもので、スザクは「黙れ」と冷たく告げて再び銃口を彼に向けた。
ジュリアスは驚きに目を丸くしたが、怯えもしない。いざとなればギアスがあると思っているからか。その傲慢さが、いつも許しがたいのだ――。
険しい顔のままジュリアスを睨みつけていると、彼は目を細めて笑った。
「俺より先に、腕の中のご婦人が窒息死するぞ?」
「っ、ごめん、!」
知らぬうちに思い切り腕に力を込めていたらしく、スザクの胸に押し付けられる形になったは放されると同時に大きく息を吸い込んだ。
「く、くるしかった……」
「ごめん、本当に。大丈夫?」
一生懸命に呼吸するの肩をなでていると、おやおや、と言いながらジュリアスが身を乗り出してきた。の顔をまじまじと見つめるものだから、スザクは気が気ではなかった。思わずジュリアスを突き飛ばしたくなるが、ぐっとこらえる。
「堅物のナイトオブセブンの婚約者は一体どんな女性かと思っていたら……ずいぶん綺麗なトパーズだ」
「……あなたは?」
「これは失礼。ジュリアス・キングスレイと申します」
以後お見知りおきを――と型どおりに述べて、“見知らぬ相手にするように”、ジュリアスはの手の甲に口付ける。
は大人しく彼に手を預けていたが、ずいぶん怪訝そうにジュリアスを見つめ、警戒心もあらわな声で問うた。
「その目は?」
「お見苦しくて申し訳ない」
ジュリアスが身体を起こすと同時、眼帯の飾り石も揺れる。瞳と同じ、アメジスト。
大好きなはずのその色を見てもまだ、の態度は硬かった。
「その目は“なに”、と訊いたの」
「これはこれは……」
「あなたラウンズ?」
「いいえ、ただの軍師ですよ」
怪しい雲行きだと感じながらも、スザクはただ座して見守ることしかできない。
は口づけられた手を後ろに隠した。
「皇帝直属?」
「ええ。もうお一方(ひとかた)の直属でもあります」
ジュリアスのその一言でが総毛立ったのが、隣にいてもわかった。
“もうお一方(ひとかた)”が、ギアスに詳しいV.V.のことを指しているのか、ほかの誰を指しているのか、わからない。
気になったが、が青い顔をしてスザクの腕にしがみついてきて、ジュリアスから逃げるようにラウンズのマントの下にもぐってしまったので、スザクは話を続けられなかった。
「それほど嫌わなくても、私たちはあなたを害したりなどしませんよ」
微笑ましいとでも言うように優しく声をかけるジュリアスの声を、はすっかり無視した。どう見ても、ジュリアスと、その背後にいる“もうお一方(ひとかた)”に怯えている。
「」
スザクが呼びかけると、は、スザクの腕だけでは足りなかったらしく、体のほうにしがみついてくる。
本当に“この相手”が怖いんだな、とわかって、スザクは――安堵した。
の大事なルルーシュは、彼女の世界には、まだ登場しない。
ただ喪失によってしか君は私を愛さない
2013.12.22.
お題はすべて as far as I know さまよりお貸ししています。