頼りなげな行灯
(あんどん)の明かりがの横たわる暗い部屋をぼんやりと浮かび上がらせている。
 掃除の行き届いた、広い部屋。自分以外には誰もいない――まだ。が待っている訪い(おとない)は、眠気ではなくて隣の布団で眠る人だった。
 やがて障子が音もなく開いて、暗闇でもはっきりとわかる明るい髪色の人が入ってきた。
「遅いです」
 つぶやくと、起きていたことが予想外だったのだろう、千景は一度動きを止めた。しかし何も言わぬまま、膝をついての隣に敷いてある自分の布団に入り込むと、の方を向いて頬杖をついた。
「なぜ起きている?」
「眠れなくて」
「腹の子に障るだろう」
「その子がわたしのお腹を蹴るんだもの」
 小さな声で不満げにこぼすと、千景は「なに」と言って、の布団のみならず夜着の隙間から手をすべり込ませてきて、の下腹に触れた。
 そのまましばらく二人とも動かなかったが、千景だけでなく、自身も腹にいるはずのわが子の動きを感じることはできなかったので、はぽつりと言った。
「あなたがきたら、静かになってしまいました」
「……おまえにそっくりだな。いつになったら観念して俺に触らせる気になるのやら」
 千景は憮然とした顔で手を引っ込める。はふっと笑った。
「もう、そう遠くはないでしょう。直
(じき)ですよ、あなた」
 ふん、と千景は面白くなさそうに応える。胎動を感じたくて日々悪戦苦闘しているのに、いまだ一度も成功したことがないので、拗ねているのだ。
 かわいい人だと思いながら、は布団の端に身を寄せた。
「ねえ千景さん、もっと傍に来てください。もっと」
「……どうした」
 言われた通り体を近寄せながら、千景は訝しげに眉をひそめる。その胸に頭を寄せて、は目を閉じた。
「千景さん。なんだか、寂しい」
「寂しい……?」
「そう、寂しいんです。傍にいてください」
 千景は、珍しいことを言うな、と低い声で呟いて、の頭を撫でてくれた。こういうとき雄弁な人ではなくて、意外にもの気持ちに寄り添うようにいつも静かに傍にいてくれ、宥めてくれる。素っ気ないようでいて、この人はいつも優しいのだ。にだけは。それが分かっているから、余計に甘えたくなる。
 千景が、頭を撫でるのをやめ、ぎゅ、と抱きしめてくれる。軽く抱きしめかえしながら、心地よさに身をゆだねていると、千景が口を開いた。
「少しはやいが、明日は花見にでも行くか」
 は目をぱちくりさせ、口元を緩めた。最近あれこれと忙しそうだったが、時間を割いてくれるらしい。やっぱり、優しい。
?」
 答えがないことを訝しんで、千景が呼びかけてくる。
「ええ、千景さん、行きましょう。明日は今日よりもう少しだけ、一緒にいてくださいね」
 嬉しくなって笑みを零しながら答えると、千景も口元を緩めた。
「甘えたがりの母親だな」
「否定しませんけど、わたしのことは“お母さん”ではなく、ちゃんと名前で呼んでくださいね」
「分かっている。もう寝ろ、。いい加減、体に障る」
 布団の真ん中に押し戻されて、かけ布団を肩の上までかけられる。もっと話していたかったし、もっとくっ付いていたかった。諦め悪く目を開けて見つめていると、布団にもぐりなおそうとしていた千景は呆れた顔で、再度腕を伸ばしてきて、の頭を撫でた。
「明日、出かける気があるならもう寝ろ」
 いいな、と命令口調なのに声音は優しくて、は微笑みながら目を閉じた。
 




歌 う よ う に わ た し を 呼 ぶ あ な た は な に
( い つ ま で も 呼 ん で い て ね )











風間様はいい旦那さんになると思うんです。

as far as I knowさまより
15.3.15.

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